日本人にはあまりなじみのないビーツだけど、僕の出身地(自称北欧の)リトアニアや他の東欧の国々では、わりと日常的に食べられている根菜です。
文化的な距離もあるし、見た目も色もかなりインパクトがあるので、初対面ではちょっと構えてしまう食材かもしれません。
ひとたび包丁を入れると、台所一面がビーツの赤に染まります。
そこからさらに手とまな板が真っ赤になって、スクールデイズ最終回みたいな修羅場になります。これも、この鮮やかな茜色の代償ですね。要は「美は犠牲を伴うもの」というところ。
この鮮やかさの源となっているのは、高い抗酸化力を持つベタシアニンという色素です。ついでに言うと、赤キャベツなどに多いアントシアニンとは別系統の色素です。
単体で嗅ぐと「爽やか」というより、かなり土っぽくてクセのある方向だけれど、リトアニアの郷土料理シャルティバルシチェイは、その香りのバランスをうまく利用した冷たいスープです。冷たいケフィアの乳酸の酸味にきゅうり・ディルの青くてハーブっぽい香りが合わさって、全体としてはかなりさっぱりした一皿に化けます。
香りの正体をもう少し科学的に言うと、いわゆる「土っぽさ」はジオスミン(geosmin)というテルペノイド系の化合物が担っていて、雨上がりの畑や濡れた土のような匂いを作っています。そこに、ピーマンやグリーンピースのような香りを持つ2-メトキシ-3-sec-ブチルピラジン(2-methoxy-3-sec-butylpyrazine)といったピラジン系の成分が重なって、ビーツ特有の「青くてアーシーな」香りになります。
季節的な話をすると、ビーツ自体はヨーロッパでは主に夏の終わり〜秋に収穫される根菜で、地中や地下室での貯蔵性が高いので、秋から冬、春まで長く食卓に上がります。一方で、ビーツを活かしたピンクスープ・シャルティバルシチェイは、現地では「暖かくなってきた頃〜夏の定番」の位置づけで、暑い日にキンキンに冷やして食べる料理です。
同じビートタケシの仲間には、砂糖をとるテンサイ(シュガービート)もありますが、日本で「ビーツ」として出回っているのは、根をそのまま食べるテーブルビートです。

ビーツの調理方法
ビーツに適した調理方法はいくつかあります。ここでは、おすすめ順に並べてみます。
ご自宅の時間と道具に合わせて、作りやすい方法を選んでください。ざっくり言うと、時間と道具に余裕があるなら①ローストか②スービッド風、平日にさっと仕上げたいときは③レンチンか④真空パックが便利です。
ビーツの下ごしらえ(共通)
どの調理法でも、ざっくり共通の下ごしらえはこんな感じです。
- 表面の泥や土をよく洗い落とす(たわしがあると便利)。
- 葉付きの場合は、葉と根を切り分ける(葉も炒め物やスープに使えます)。
- ロースト・スービッド風・レンチンでは、基本的に皮はつけたまま加熱し、粗熱が取れてから指やナイフでつるっとむくと、色も風味も保ちやすいです。
- 手やまな板の色移りが気になる場合は、使い捨て手袋やシリコン手袋をして、まな板にラップを二重に敷いて作業すると安心です。
ビーツの剥き方
ここでは、生のビーツと加熱後のビーツ、それぞれの皮の扱い方をまとめます。
生の状態で剥くときは、皮むき器や包丁でふつうの根菜と同じように簡単に剥けます。
一方で、加熱後のビーツはもともと薄い皮がさらに柔らかくなるため、ショウガと同じく「剥く」よりも、包丁の背や先の丸いカトラリー、薄手のスプーンなどで「こそげ落とす」ようにすると剥きやすいです。ローストした場合は、そのままホイルの上で皮だけをこすり落とせるのでとても便利です。

1. ロースト
皮は剥かず、ビーツを丸ごとアルミホイルで包み、180〜190℃のオーブンでローストします。
- 小さめのビーツ:45〜60分
- 中くらいのビーツ:60〜90分
ほのかにロースト香がつきますが、この中では一番味が凝縮されて甘味が強くなる調理法です。
2. スービッド(低温調理)風
本来のスービッド
本来のスービッド(低温調理)は、食品を専用の耐熱袋に入れて真空にし、
温度管理された循環式の水槽に沈めて、一定温度でじわじわ火を通す調理法です。
水が常にポンプで循環しているので温度ムラが少なく、
例えば90℃に設定しておけば、
- 中心部までゆっくり、狙った温度帯まで加熱できる
- 沸騰させるより表面が煮崩れにくい
というメリットがあります。
90℃前後は「芯まで火が通るスピード」と「形と色を保つやさしさ」のバランスが取りやすい、ビーツにとってちょうどいい温度帯です。
家庭でのスービッド風ビーツ
専用の低温調理機がなくても、家庭のコンロと鍋でかなり近い環境を作ることができます。
- 耐熱性のあるジッパーバッグにビーツを入れ、できるだけ空気を抜いて密閉する。
- 厚手の鍋にたっぷりの湯を張り、袋ごと沈める(どうしても浮いてきてしまう場合は耐熱お皿を載せて沈める)。
- とろ火〜弱火で、鍋底から小さな泡が静かにふつふつと上がる程度(グラグラ沸騰させない)の状態をキープする。
温度としては90℃前後、時間は60分を目安に、竹串や細いナイフがスッと入る柔らかさになるまで加熱します。
循環ポンプ付きの本格的なスービッドに比べると、
- 水の流れが弱いぶん、やや時間がかかることがある
- 鍋底付近が少し高温になりやすい
といった違いはありますが、根菜のビーツであればこの方法でも十分「スービッド寄り」の仕上がりになります。
色素や糖分が流出しにくく、ちょうど良い柔らかさを狙いやすい方法なので、
オーブンを使いたくないときや、コンロで完結させたいときにおすすめです。
3. レンチン
早く仕上がり、色素も流れないので、悪くない方法です。ただし、大きさによって火の入り方にムラが出ることがあります。
とはいえ、ジャガイモのように「芯が生っぽくてうわっ」となる感じではないので、そこまでシビアにならなくても大丈夫です。
- ビーツの表面にフォークなどで穴を数カ所あける(蒸気の逃げ道を作る)
- 濡らしたキッチンペーパーで包む
- 中くらいのビーツなら、1個ずつ800Wで5〜6分加熱 → 同じくらいの時間休ませる
これでだいたい火が入ります。
4. 圧力調理済みの真空パックビーツを買う
スーパーや輸入食材店などで売っている、真空パックの調理済みビーツを使う方法です。
一番手軽で早く、少量をサッと作りたいときにはとても便利です。
ただし、
- 加熱と保管の過程で色素がある程度流れている
- 加工方法によっては風味がやや弱い
- 食感が少し柔らかすぎて、千切りにすると崩れやすい
といった点はあります。
5. 茹でる
シンプルな方法ですが、一番成分が流れやすい調理法です。
1%の塩分濃度(1リットルの水に塩10g)の湯で
45〜80分ほど茹でる。
ビーツの中身は糖やミネラルでそれなりに“濃い”ので、外側の湯も1%程度の塩分にしておくと、まったくの真水で茹でるより細胞内外のバランスが取りやすくなります。茹でているあいだの余計な水の出入りが少し落ち着くぶん、味と色の抜けすぎをある程度抑えつつ、茹で上がりにほんのり下味をつけるイメージです。
ちょっとマニアックな小技としては、水1リットルに対して砂糖10g(1%)も一緒に加える方法があります。外側の水にも少しだけ糖が溶けている状態にしておくことで、ビーツの中に元々ある糖との濃度差が小さくなり、甘さが湯に抜けにくくなります(Modernist Cuisineでもポテトを茹でるときに紹介されているテクニックです)。
それでもローストやスービッド風に比べると、色素が湯に流れ出やすいし、糖分などの可溶成分もお湯側に移動してしまうため、どうしても味は少し薄くなります。
6. 圧力調理
圧力鍋を使うと加熱時間をかなり短縮できますが、加減を間違えると柔らかくなりすぎたり、色抜けが強く出たりもしやすい調理法です。とくに丸ごとのビーツで形を残したい場合は、少し慎重に加減を見たほうが安心です。
鍋の底から2cmほどの水を張り、蒸しす(耐熱130℃以上の金属製・耐熱ガラス製など。プラスチック製は避けたほうが安全)をセットし、その上に皮付きのビーツをヘタ側を上にして並べます。
| 設定圧力 | 温度の目安 | 加圧時間の目安* | 備考 |
|---|---|---|---|
| 80 kPa(約11.6 psi) | 約115〜116℃ | 20〜23分 | 色持ちは良好。やや時間がかかる。 |
| 100 kPa(約15 psi) | 約121℃ | 12〜15分 | スピードと軟化のバランスが良い。 |
| 140 kPa(約20 psi) | 約128〜130℃ | 8〜10分 | 最速だが、軟化しすぎ・退色に注意。 |
*「加圧時間」は、圧力がかかってピンが上がってからカウントします。タイマー終了後は火を止めて自然放置し、ピンが下がったらふたを開けて、色と食感を保つために氷水で5〜10分ほど冷やします。
ただ、丸ごとのビーツに関しては、柔らかくなりすぎやすかったり、昇圧・減圧の時間も含めると電子レンジ調理より実は時間がかかったりと、「形を残したい前提の時短調理」としてはあまり大きなメリットがありません。ビーツのピュレや、ブレンダーでなめらかにするスープを仕込むときなど、多少崩れても問題ない(もしくはあえて崩したい)用途には悪くない方法です。
色抜けを抑えられる
ヘタまわりに細かな傷があっても、上向きにしておけば結露水がたまりにくく、色素を含んだ汁がそこから吸い出されにくくなります。重力の方向的にも、内部の汁がヘタ側に集まりづらくなります。
ヘタ周辺の過熱を避けられる
下側は蒸しすや三脚に触れて伝導熱でやや高温になりがちです。ヘタを上にしておけば、過熱で最も色が抜けやすいヘタ周辺(維管束が密な部分)が高温部に直接触れず、色流れを少し防げます。
結露の流れをコントロールできる
蒸気が上部で結露しても、主に側面をつたって落ちるので、ヘタの開口部に流れ込みにくくなります。皮が必要以上に濡れすぎず、局所的な成分の流出を抑えられます。
扱いやすい
加熱後はヘタ側を持って持ち上げやすく、強く握って汁を絞り出してしまうのを防げます。
※劇的な差ではありませんが、色持ちと仕上がりがわずかに安定する「小さなコツ」です。
まとめ
ビーツは見た目のインパクトや土っぽい香りのせいで少し身構えられがちですが、調理法さえ決めてしまえば意外と扱いやすい根菜です。
- 甘さと色をしっかり楽しみたいなら、ローストかスービッド風。
- 平日の時短には、レンチンや真空パックの調理済みビーツが便利。
- 茹でる場合は、塩1%(余裕があれば砂糖1%も)のお湯でゆっくり火を入れると、味と色の抜けすぎを少し抑えられます。
まずは自分のキッチンでやりやすい方法をひとつ試してみて、「うちの定番ビーツの火の通し方」を見つけてもらえたらうれしいです。
ちなみに、この記事のアイキャッチ画像、「なんじゃらほい?」と思った方も多いかもしれませんが、ビーツと大根を薄くスライスして交互に並べたビーツリゾットです。

ビーツはどこで買える?
近所のスーパーで手に入る方は、もちろんそちらのほうが安いことが多いので、そのルートがおすすめです。僕の生活圏だと、水煮ビーツ以外はほとんど見かけないので、オンラインで買いたい方向けにリンクも貼っておきますね。
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